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三陸鉄道

JR大鰐温泉駅から弘前行きの電車に乗り、弘前駅で青森駅行きに乗り換える。2両編成の電車であるが、乗客は多く座席は満員である。40分ほどで青森駅に着く。青森駅は長いホームと広い構内が残っている。青函トンネルができる前は長距離の特急列車が何本も発着していたホームには2両編成の奥羽線、青い森鉄道の電車が片隅に停まっている。
四国側の連絡船駅であった高松駅は再開発でその頃の面影はないが、青森駅はあまり変わっていない。連絡船に通じていた線路跡に商業施設と道路ができていてその奥に八甲田丸が係留され観光施設となっている。
青森駅で青森フリーパスを購入し青い森鉄道八戸行き2両編成ワンマンカーに乗車した。座席はほぼ埋まっている。新幹線が開通するまでは各地からの列車が行き交った東北本線である。複線電化で丁寧にに保線されている。途中すれ違った青い森鉄道の電車は一度だったが、長編成の貨物列車は2度、今も北海道、東北から関東への貨物輸送の動脈として利用されているようである。
浅虫温泉で多くが下車し車内は静かになった。途中の野辺地駅からJR大湊線が分かれている。1997年までは南部縦貫鉄道の始発駅でもあった。本当にバスのようなレールバスが軌道を走っていたということである。三沢駅からは十和田観光電鉄が乗り入れていた。2012年に廃線になった。乗ることのできた路線かもしれない。先に地方の私鉄から始めJRを含め全線を完乗することが目標であったが、3セクの鉄道だけではなく、JRでさえ採算の悪い路線は廃線になっていく。
八戸駅に着く。2両編成の気動車が待っている。八戸線は海岸に沿って走っているが高台に線路はあり、東北大震災の津波の影響は受けなかったようである。久慈駅まで乗車する。久慈駅はNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台になった駅である。駅舎を見たかったが、三陸鉄道線との連絡時間があまりなく下車することができなかった。1本乗り遅れるとあとの行程が半日くるってしまう。
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久慈駅から宮古駅までは宮古釜石間が三陸鉄道に移管されるまでは北リアス線であった。「あまちゃん」では北三陸鉄道になっていた。2両編成の気動車ワンマンカー女性運転手である。途中橋梁などで停まってくれる。
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利用される地元の方には迷惑かもしれないが観光列車として存続をはかっているようである。線路に沿って高速道路が建設されている。高速バスが走るようになると乗客は減っていくのであろう。「あまちゃん」が放映されていたころは田野畑駅以南は不通になっていた。いくつものトンネルを越え宮古駅に着く。料金は1890円、JRと比べれば割高であるが経営は大変なようである。
宮古駅はJRと三陸鉄道の共用駅である。JR山田線は盛岡と釜石を結んでいたが震災後の復旧後宮古釜石間は三陸鉄道に譲渡された。宮古駅は三陸鉄道の車両基地がある。
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宮古駅からJR山田線に乗る。盛岡駅行きは1日4本しかない。
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1両編成気動車である。運転手と車掌が乗車する。途中駅に駅員が配置されていないからなのだろうか。観光客ばかりで途中駅の乗降はほとんどない。茂市駅から岩泉線が分岐していたが2014年に廃線になっている。並行して走る国道の改良工事が行われていた。全線が完成するとバスが頻繁に運行されることになり山田線は役目を終える。宮古釜石間の三陸鉄道への譲渡はその伏線なのだろうか。
盛岡駅から東北本線に乗る。一関駅で乗り換え、新幹線で1時間の距離を3時間かけて仙台駅に着いた。

# by mjk-yokoe | 2020-10-17 19:44

弘南鉄道

五所川原駅から五能線に乗り午後5時39分弘前につく。JRの弘前駅の正面から橋上駅舎を超えたところに弘南鉄道の弘前駅はある。弘南鉄道弘南線の電車は5時35分に出てしまっていて30分ほど待つことになった。今回は乗り換えがうまくいかなかったが1時間に1~2本あり、比較的便利な路線である。
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沿線には学校が多くあるようで高校の名の付く駅が3駅ある。車両は東急で走っていたもので昭和38年製造、60年近く使用されている。かっては自社製造の車両もあったのだろうが、だいぶ前から更新ができなくなったようである。
途中の平賀駅は弘南鉄道の本社がある駅で地元の医院などの構内看板が明るく照らされていた。
6時を過ぎると周りは暗くなってきていて、沿線の景色を見ることが出来なかった。沿線はあまり明かりがなく、遠く離れたところに郊外型商業施設のネオンが輝いていた。
終点の黒石駅に到着する。
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黒石駅は川部駅からの黒石線の終点でもあった。昼にきていれば遺構の残っていることが確認できたかもしれないが駅前は整備されていてその面影はない。弘南鉄道は電車線であり、気動車の走る黒石線を引き受けることは経営効率が悪かったと思われるが、国鉄赤字路線を1998年まで存続させたことは立派であると思う。
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黒石駅から弘前駅に引き返し、弘前駅前に宿泊した。
翌日、大鰐線に乗るため弘前駅前から中央弘前駅まで約1キロを歩いた。朝早いため日ごろどれくらいの活気があるかわからないが、中央弘前駅は商店街や飲食街が近くこちらが弘前の中心部に近いようである。
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ホームには2両編成の電車(ワンマンカー)が待っていた。発車10分前になると女性の駅員さんが現れ改札口が開かれる。昨日の弘前駅もそうであったが、弘南鉄道は駅業務は女性が就いている。止まっている電車は弘南線と同じく東急の車両、自前で車両の更新ができない地方の中小私鉄は大手私鉄からの払い下げ車両が走っている。
しかし関西の私鉄の車両はあまり見ることがない。大井川鉄道の南海電車、近鉄特急、富山地方鉄道の京阪特急テレビカ―くらいであろうか、関西の私鉄は標準軌で狭軌線の多い地方鉄道では利用できないからと思っていたが、狭軌線の富山地方鉄道に京阪特急が走っているのだからそればかりではないようだ。
もともと近鉄の路線であった養老鉄道に東急の払い下げ車両が走るようになった。関西私鉄は自社で乗りつぶしてしまうのだろうか。
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JR奥羽線が弘前駅から大鰐温泉駅まで並行して走っている。JRの駅は途中1駅しかないが大鰐線は12駅ある。かって国鉄は蒸気機関車で駅間距離が長いため、私鉄の電車がこまめ駅を作って停車するという住み分けが行われていた。沿線には3つの高校、大学のための乗降駅がある。日曜日の朝なので乗客は私を含め3名だったが、平日はそれなりの利用があるのであろう。
中央弘前駅を出てしばらくするとリンゴ園、田園が周りに広がってくる。そのうちにJR奥羽本線を跨いでこまめに停車しながら大鰐駅についた。
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駅舎は別々であるが、大鰐駅のホームは跨線橋でJR大鰐温泉駅とつながっている。構内の行き来は自由である。
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JR構内の行き先看板は山形の次は大阪になっている。北海道から連絡船で青森に着き、青森から奥羽本線、日本海側に出て新潟から金沢福井を通り大阪に向かう列車が走っていた。その停車駅だったのだろう。かなり古い看板であり、この駅が乗客であふれていたであろう昔が想われる。


# by mjk-yokoe | 2020-10-06 17:13 | お出かけ・旅

津軽鉄道

京都駅から東海道新幹線で東京駅へ、東京駅から東北新幹線はやぶさで新青森駅下車、所要時間約6時間。かって大阪発寝台特急日本海が一日かけて結んでいたものがここまで短縮されている。新青森駅から奥羽本線大館行きに乗り換える。青森大館間は電化され一部複線になっている。2両編成の電車であるが、それなりの利用者があるようだ。
途中川部駅で下車する。
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川部駅は五能線の終点駅である。また、かって黒石駅まで、国鉄民営化時に弘南鉄道に譲渡され、その後廃線になった黒石線の始発駅でもあった。駅舎はJRの中で日本最古の建築といわれている。ここで津軽フリーパスを購入する。津軽地域のJR,私鉄、バスを2日間利用できるもので2100円とお得である。五能線の気動車は弘前駅が始発駅で、この駅でスイッチバックして五能線に入る。
川部駅を気動車は発車すると岩木山のふもとに広がる津軽平野を走っていく沿線はリンゴ畑と延々と広がる田園を通っていく。そして五所川原駅に到着する。
五所川原駅と津軽鉄道の津軽五所川原駅は跨線橋でつながっている。跨線橋を降りると1両編成の津軽鉄道のディゼルカーが待っている
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津軽五所川原駅にはストーブ列車に使用される機関車もあったが、廃車のような車両も多く駐留されていた。金木駅まではアテンダントが乗車する。新青森駅からの車中で東北弁を聞くことはなかったが、アテンダントさんは東北なまりで沿線のU右傾を案内してくれる。途中の五農校前駅で身体の大きな高校伊賀下車していった。この高校相撲部が強く多くの力士を輩出しているので彼も部員なのかもしれない。
沿線は津軽平野の田園地帯で金木までは町らしい町はない。金木駅で下車する。

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金木町は太宰治の生家のある街である。かって斜陽館として旅館を営んでいた建物は博物館として公開されている。金木の町は地域の中心として栄えてきたのであろうが、現在は駅から続く商店街はほとんどが閉まっていて人通りがない。太宰治記念館の周りは銀行、公共施設があるが、行った当日はコロナの影響もあり、土産物屋飲食店は閉まっていた。
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再び金木駅に引き返し津軽中里駅行きに乗る。ここから先はフリーパスの域外となる。次の芦野公園駅で降客があるくらいで車中は閑散としている。
沿線は田園地帯が広がり車内は私のような観光客しかいない。沿線約8キロ運賃は400円、JRの運賃と比べると高い。実際の損益を考えるとその数倍はかかるのであろう。
津軽中里駅に到着する。
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純粋な私鉄(JR,国鉄から移管した三セクを除く)で最北にある駅である。ここで降りたのは3名、折り返しに乗っていたのも同じ3名であるので地元の方は乗っていなかったことになる。
折り返し五所川原駅まで乗車する。
農地の区画整理を行ったことで立派な幹線道路が建設されている。車窓から沿線の遠くにイオンタウンが見える。見慣れた洋服のチェーン、ホームセンターも集まっている。駅前の商店街が廃れ人が集まらなくなる。日本のどこにでもある風景
道路網が整備され、沿線人口は減少する中、津軽鉄道はいつまで走り続けることができるだろうか


# by mjk-yokoe | 2020-10-03 16:18 | お出かけ・旅

樽見鉄道

大垣駅はJR東海道線、東海道線の支線である美濃赤坂線、垂井線、養老鉄道、樽見鉄道が乗り入れています。樽見鉄道は国鉄樽見線として開業したのは昭和31年で、大垣から福井県大野市を結び金沢に至る計画でした。樽見駅から先、福井県側は計画線すらあいまいのようです。国道157号線のルートに沿って建設される予定であったようですが、越美線の未成部分とともに計画は中止になり岐阜県と福井県が鉄道線で結ばれることはありませんでした。
国鉄樽見線は赤字ローカル線として廃止対象となり昭和59年に第3セクター樽見鉄道として存続することになりました。
大垣駅で樽見鉄道に乗り換えます。樽見鉄道大垣駅は6番ホームに切符販売所がありそこでJRのきっぷを渡し樽見鉄道のきっぷを購入します。
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レールバスという2両編成の小型気動車がホームで待っています。通常ワンマン運転で運転手が運賃の精算も行います。2月18日は谷汲山華厳寺で祭礼があり、イベント列車が連結されています。普通車の座席は埋まりつり革につかまる人もいます。イベント列車が先頭なので、普通車には車掌が乗車していました。気動車は大垣駅を出ると揖斐川を超えるまで東海道本線に並走します。北方真桑駅あたりまでは沿線は住宅地がつづきます。モレラ岐阜駅はショッピングセンター開業に併せて開業したようです。かなりの人数が下車し、同じくらいが乗車します。お年寄りの利用者が多いようです。このあたりから沿線は田畑が目立つようになります。柿の産地のようで果樹園が増えてきます。そして樽見鉄道の中心駅で車両基地のある本巣駅に着きます。本巣駅は住友大阪セメントの工場からのセメント輸送でにぎわっていたようですが今は廃止されています。貨物輸送が無くなったことで樽見鉄道の経営状態がかなり悪化したようです。
本巣駅から先は列車の本数も減ります。谷汲口駅でほとんどが降車します。イベント列車の乗客もここで降ります。谷汲山華厳寺の祭礼に参加する人たちです。神海駅までは旧国鉄が建設したものです。神海駅から樽見駅間はトンネルが多くなり高速運転できるようカーブも少なく建設されています。鉄建公団が建設し中断されていたものを樽見鉄道発足後の平成元年に開通させたものです。終点の樽見駅に到着します。

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樽見駅で下車した乗客は数名でした。ここから出るコミュニティバスで近くの温泉に行く人たちです。ホームから少し線路は伸びていますが、先は工事は行われていません。樽見駅から同じ列車で引き返します。乗客は3名です。
谷汲口駅で下車します。谷汲口駅には谷汲山華厳寺までを往復する名阪近鉄バス止まっています。大垣方面からの列車に時間を合わしているため40分ほど待たなければなりません。廃線になった名鉄谷汲線の跡を探し歩いてみます。県道の山側を走っていたようですが、線路跡は谷汲駅の近くまで見当たりませんでした。
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谷汲駅には名鉄の車両が静態保存されています。岐阜市内線に入り名鉄岐阜駅まで結んでいたため路面電車使用になっています。

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谷汲駅が改築されたのは廃線の数年前で今も駅舎が残っています。
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谷汲山華厳寺に参拝し、名阪近鉄バスで谷汲口駅に引き返します。バス参拝客で満員です。
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樽見駅からきた1両編成の気動車はロングシートで座席はすべて埋まりました。それでも往路ほどの混雑感はありません。ワンマンカーで車掌はいません。乗客が多いと一人では対応しにくいようで本巣駅の対抗列車との離合で5分ほど遅れが発生し、そのまま大垣駅に到着しました。
大垣駅で美濃赤坂線に乗り換えます。昼間の美濃赤坂線は2時間に1本くらいしか電車が走っていません。大垣駅前通りはほとんどの商店が閉まっています。昭和50年代くらいまでは多くの買い物客でにぎわっていたのでしょうが人通りはありません。駅前の百貨店ヤナゲンも規模を縮小して営業しています。駅の北側は工場跡地に巨大なショッピングセンターができてにぎわっています。もともとの商店街を活性化させるには、土地建物所有者の調整が難しくうまくいかないようです。
美濃赤坂線に乗ります。
2両編成の電車がホームに待っています。大垣駅以外はすべて車内で運賃の精算を行います。
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大垣駅を出ると荒尾駅に泊まります。ほとんどがこの駅で降ります。美濃赤坂えきは無人駅です。大きな構内で側線が多くあります。
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ここから先は西濃鉄道という貨物専用の鉄道会社の路線になります。石灰石の運搬を行う会社のようです。美濃赤坂線の建設も貨物輸送を目的に行われたようです。
樽見鉄道のように貨物輸送がなくなったときJR東海はこの線を残すのでしょうか
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美濃赤坂駅から大垣駅に引き返します。そして特急しらさぎ金沢駅行きを待ちます。大垣・関ケ原間は急こう配を緩和するため、第二次世界大戦中に新たなルートで下り線が建設されました。新垂井線と呼ばれているようです。現在大垣・米原間の普通電車は垂井駅経由の東海道線を走っていて、新垂井線には特急列車と貨物列車通りません。わざわざ米原までの特急券を購入し乗車しました。廃駅になった新垂井駅のホーム跡を確認することができましたが、あっというまに関ケ原を通過しました。








# by mjk-yokoe | 2017-03-03 17:47

2016年12月31日岡山駅につきました。岡山市は町の規模からいえば熊本、浜松、静岡と同じくらいです、そして町の位置からいうと中国地方の中心都市広島市に近く、九州地方でいうと福岡に近い熊本市に似ているのでしょうか。岡山駅には瀬戸大橋を通って四国から乗り入れる列車、山陽本線の姫路、広島方面から乗り入れる電車、山陰から伯備線を経由して乗り入れる特急電車、山陽新幹線があります。ローカル線としては吉備線(桃太郎線)、赤穂線、津山線があります。
新幹線を降り、9番線の8時7分発津山線津山行きに乗ります。津山行きは2両編成の気動車です。
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岡山駅からは1時間に2本の列車が発着します。岡山市への通勤、通学需要があるようです。沿線では岡山への通勤客を対象とした小規模な宅地造成も行われています。快速電車も設定されていますが、単線で非電化なので津山岡山間が1時間以上かかります。新快速の走る関西圏とは通勤事情も違うようです。かっては岡山から鳥取方面への特急列車や貨物輸送もあったようですが、今は津山岡山間を往復しています。
津山駅に到着します。姫新線新見駅行きとの連絡は10分ほどです。正月休みで青春18きっぷの利用期間なので、1両編成の小型の気動車は満員です。
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姫新線は津山駅で運転系統が変わります。津山駅発で新見駅まで行く列車は1日6本です。他に中国勝山まで行く列車もあります。津山市に向かう通勤通学需要が少なくともあるようです。
小型の1両編成ワンマン気動車は今日は旅行客で満員ですが普段は閑散としているのでしょう。
津山駅から新見駅まで各駅ほとんど乗降はありません。朝夕の通勤通学時間帯以外は利用者は少ないようです。青春18きっぷ利用者のみでは満員でも利益は上がらないことでしょう。
そして新見駅に到着します。
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新見駅は姫新線、伯備線、芸備線が乗り入れています。伯備線は山陰と山陽を結ぶ幹線で、この駅から岡山へ向かう普通列車は電化されています。米子へ向かう特急列車貨物列車は電化されていますが、普通車は気動車になります。伯備線の列車は結構りますが、芸備線の列車は1日5本しかありません。芸備線の終点駅広島まで結ぶ列車は1本もありません。
新見駅では芸備線の列車に1時間ほどの待ち時間がありました。
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新見駅周辺は新見市の中心地になるようですが、駅前の食堂が1件開いているだけです。駅弁を販売している商店は正月休みで少し離れたところにローソンと、Aコープが開いていました。地方のコンビニも食品スーパーも進出しないようなところでもAコープ、農協は頑張っています。高コストで日本農業の自立に弊害を与えるもののように言われますが、末端の農協は地域経済を担っています。問題は官僚化した中央組織にあるようです。
Aコープで弁当を買い駅で食べると13時1分発備中落合行きワンマン気動車が1両で到着しました。この列車も青春18きっぷ旅行者で満員です。
新見駅を出ると備中神代駅までは伯備線を使います。ここで伯備線と別れると山間部へと入っていきます。線路の保線状態も幹線である伯備線とは明らかに落ちてきます。利用者の少ない閑散線には仕方ないことかもしれません。
ほとんど乗降客のないまま備後落合につきます。旅行者はここで木次線に向かう者と、芸備線で三次駅に向かう者に分かれます。木次線の列車、芸備線の三次からの列車が同じ時間帯に到着し、乗り継ぎは便利になっています。
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10分ほどの待ち合わせで三次駅行き1両編成の小型気動車は発車します。ここも青春18きっぷ旅行者で満員です。三次から三江線に乗って山陰に抜ける人が多いのでしょうか。
私は福塩線に乗るため塩町で降ります。1時間ほどの待ち合わせです。三次まで行って引き返した方よかったのかもしれません。塩町駅は芸備線と福塩線の分岐駅です。しかし、駅員は配置されていません。芸備線の
新見駅から三次駅間に駅員の在駐する駅はありません。また福塩線も府中駅までは駅員は在駐しません。本数と人員をぎりぎりまで削減してもローカル線を存続することは難しいようです。
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福塩駅は無人駅ですが、駅務を行っていた事務室、改札口がそのまま残っています。駅舎に張られた駅の歴史には昭和46年まで蒸気機関車が走っていたこと、平成6年までは窓口業務が行われていたことが記されています。この駅は福塩線から三次に向かう列車、備後落合から三次に向かう列車が止まるので三次へはほぼ1時間に1本の列車があります。駅前を散策しましたが、商店街は既にほとんどが廃業し、駅前の食堂は正月休み出閉まっていました。乗降客のための食堂ではなく、近所の工場の従業員をお客にしているようです。
福塩線府中駅行きは16時49分に来ました。1両編成の小型気動車です。途中から周りが暗くなり川増の山間を走っているようですが、どこを走っているのかわからなくなります。ここも1日6往復の閑散区間です。
途中に鉄建公団が建設したのかと思うような長い直線のトンネルがあります。調べるとダム建設によって水没する部分の代替として掘られたトンネルのようです。トンネル内は高速運転をしていましたが、他はカーブも多くスピードもそれほど出せません。60キロほどを1時間30分かけて府中駅に到着します。
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府中駅からは電化されています。福山駅までは1時間に2本の2両又は4両編成の電車が走っています。一部は山陽本線に乗入れ岡山まで結んでいます。
ローカル線は地方の中心都市の通勤通学需要がない限り残ることは難しいようです。今年は三江線、木次線、津山線、姫新線、芸備線、福塩線を乗り継ぎましたが次に来るときには既に廃線が決まっている三江線の他にも一部は亡くなっているのかもしれません。

# by mjk-yokoe | 2017-01-01 13:27 | お出かけ・旅